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自閉症のぼくが「ありがとう」を言えるまで

内容説明

この本で、世界は自閉症の真実を知った。

会話のできない重度自閉症の少年みずから綴る、

口コミで全米に広まった奇跡の手記。

 

 

「どうして字を書けることを、
もっと早く教えてくれなかったの?」
とお母さんはきいた。
「どうやったらいいのかわからなかった」
とぼくは紙に書いた。
これが、7歳の誕生日に
ぼくが生まれて初めてした「会話」だった……。

すべての悩める人、子を持つ親、教育者、障害者支援にたずさわる人々に、きっと役に立つ一冊です。「ほんとうに自分の意思で文字盤をタイプしているの?」という、よくある疑問にもていねいに答えます。



自己憐憫におちいって身動きがとれなくなったことが、どれほどあっただろう。
陽気でいるよりも、みじめでいるほうがずっとかんたんだ。
ポジティブでいるよりも落ちこんでいるほうがずっと楽だ。
人生が厳しいときにポジティブでいるためには努力が必要だけれど、
落ちこむためにはまったくなにもしなくていいのだから。

ひとりが落ちこむと、まるで伝染病みたいに、まわりのみんなも落ちこんでしまう。
だから自分の身を嘆きがちなぼくたちは、せめてまわりの人にやさしくしなければ。

どうすれば自己憐憫を乗りこえられるだろう?
より楽な生活をすればいいというわけじゃない。ぼくのおばあちゃんは
ものすごくたいへんな生活をしているけれど、とても陽気な人だ。
ことの大部分は「期待」と関係しているのだと思う。
人生になにか「貸し」があると思っていたら、
いま手にしているもののありがたさはわからない。
ぼくはずっと、自分をふつうの子たちと比べていた。自分を嫉妬に閉じこめ、
自分だけが人生を楽しむチャンスを逃していると思っていた。
ふつうの子だって完璧な人生を送っているわけじゃないということが
わかっていなかった。
彼らはふつうの頭脳を持っていたかもしれないけれど、たぶんぼくには、
家族やファイトなど、彼らが持っていないものがあった。
自分の幸運に気づけば、自分の財産のありがたみがわかる。
ぼくは、コミュニケーションができることの幸運をかみしめている。
これをできて当然のことだとは思わない。

「この病気であることがすべて悪いわけじゃない」
このことを心に刻んで、自己憐憫と戦うのがぼくの仕事だ。
認めたくはないけれど、自閉症はぼくにいいことももたらしてくれた。
沈黙の世界で、ものごとを深く考えることを学んだ。
まわりの人たちとその感情を観察して理解することを学んだし、
この病気がすべての終わりじゃないこともわかった。
取り組むことができるとわかっている難題にすぎないのだ。
幸せになる秘訣は、自己憐憫をやめることだ。

――本文「幸せになる秘訣」より


 

イド・ケダー (Ido Kedar)

1996年アメリカ・カリフォルニア州生まれ。作家。会話のできない重度の自閉症者。

2歳8か月で重度自閉症と診断され、3歳より行動療法にとりくむ。しかし改善せず、深刻な知的障害があるともいわれた。ところが7歳の誕生日に、自分の意思で字が書けることを、母親が偶然発見。その後、ラピッド・プロンプティング・メソッドと出会い、文字盤によるコミュニケーション法を学ぶ。これによって高い知性、言語能力、感性を持った少年であることが明らかになった。原書刊行後の2015年、普通科高校を好成績で卒業。現在は大学進学を準備しつつ、シンポジウムや講演など、自閉症についての啓蒙活動にとりくんでいる。
公式サイト: http://idoinautismland.com
(著者がタブレットのキーボードを使ってコミュニケーションしている動画などを公開。英語)

入江 真佐子(いりえ・まさこ)
翻訳家。国際基督教大学卒。ノンフィクション、児童書、文学の名作を多数手がける。翻訳作品にトリイ・ヘイデン『シーラという子』、カズオ・イシグロ『わたしたちが孤児だったころ』(以上、早川書房)、マイケル・J・フォックス『ラッキーマン』(ソフトバンククリエイティブ)など。

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